
Bonjayは本当に才能あるアーティスト。
とてつもなくクリエイティヴで、それでいて謙虚で、ホンモノで、空恐ろしいタレントを持った、現在進行形ダンスホール・レゲエ再編の命運を握るアーティストのひとり。さらに、間もなくリリースとなるこの秋のEP『Broughtupsy』で、大きな注目を浴びることになるだろう。多くの才能ある新人たちと同様に、である(ジャマイカだけじゃない、アメリカだけじゃない、ダンスホールの「グローバル・テイクオーバー」という状況を考えてみてほしい)。BonjayのAlannaとのふたりに、ダンスホールの万能性について、フェイク・パトワについて、「エクソシスト風」後の新曲について、アーサー・ラッセルとの死後の世界を通じてのコラボの夢について、聞いてみた。もしまだホラーな「Stumble」を聴いていないならば、こちらで是非ダウンロードしてチェックしてみてほしい。
聞き手: Brendan Arnott (質問が太字)
どうしてBonjayをはじめることになったの?ルーツを教えて。
Pho: もともとヒップホップを聴いて育ってきたので、自然とサンプルの元ネタになってるオブスキュアなソウルやファンクにたどり着いて、ダンスホールやUKのベース・ミュージックにも興味が広がって、ってパターンさ。 地元のテレビのショウで『Xtendamix』って番組があったんだけど、そこでヒップホップやR&B、ダンスホールのビデオがよくかかってた。ホストはMaster Tっていうヤツで、超オモシロイ人物だった。いつもフレンドリーで、シンセサイザーも使ったりして、たまに「従兄弟のスコットランド人のMcT」(彼自身は黒人)とかいって別人に扮して出演したりとか、茶目っ気タップリな感じでさ。レイドバックしてるけど知的で、ヒップホップやR&B、ダンスホールの大物たちに囲まれていてもいつもと同じようにジョークをかますんだ。彼を見てDJをやってみよう、って思ったんだよ。彼みたいなかたちでも音楽に深く関わることができるんだなって思って、じゃぁ僕も、ってね。
Alanna: 私も同じね。『Xtendamix』の影響は大きかった。カナダでは私たちの世代みんな、そうだったんじゃないかしら。私たちが小さかったころはまだこんなにインターネットが普及してなかったから、キッズたちにクールな新しい音楽を知らせる役目を果たしていたのはMuchmusicみたいなテレビ局だった。毎週土曜はみんなMaster Tを観ていたわ。KardinalやMonicaと並んで、彼がかける低予算のダンスホールのビデオに釘付けだった。
でも歌うことのルーツは元々は教会よ。8歳のときにゴスペルを歌いはじめたの。いま思えばラッキーだったわね。私が通っていた教会はミュージシャン養成所みたいなものだったから。発表会の時期ともなれば週に30時間はリハーサルしていたわ。設備は決してじゅうぶんではなかったけど、先生たちはいつも色々と考えて新しいことを試していたし、私たちも新しいハーモニーやアレンジを考えていた。ある大きなアンサンブルで歌ったときのことを今でも覚えているの。私たちのグループはアングロ系とウェスト・インディアンの混成グループだったんだけど、フランス語でも歌ったの。ある曲の最後で、Fugeesバージョンの「Killing Me Softly」のリフを加えたことがあったわね。
幼少期のある時期は、オタワで暮らしていたの。そこではフランス語と英語がミックスしていたわ。あと母親がホームステイの里親もやっていて、ポルトガルとかアフリカとかイヌイットとか、色々な子供たちがやって来た。そのことが必ずしも音楽に直結してはいないけど、新しいことにトライしよう、っていう積極性のタネを植えてくれたのは、間違いないわ。







